ぼくらが存在する意味

こんにちはYodaです。
最近、自分が存在する意義はなんだろうと、よく考えます。
大きなインパクトを残そうなどとは思いません。
ささやかな、一滴のしずくが水面に垂れたときに広がる波紋のような、
本当にささやかなものでいい。
なにかを残せるとしたら、それはどんなものだろうと…
今から20年ほど前のお話です。
すごく憧れて好きだったグラフィックデザイナーがいました。
仮に福島さんと呼びましょう。
福島さんは、ほぼ無名で、たまたま業界誌に作品が取り上げられていたのです。
たしか画像加工ソフトのPhotoshopのコーナーだったと記憶していますが、
ぼくは衝撃を受けました。見たことがないような彼のフォトコラージュ作品に一目惚れでした。
すぐに彼のHPを訪問して、たくさんの作品をみて、すべてパソコンに保存しました。
一時期はそれらをプリントアウトして持ち歩いていたほどです。
それは、ぼくがデザイナーになりたいと思えた、大きなキッカケだったのです。
・・あれから二十数年の時がたちました。
福島さんはHPを閉鎖して今はもうありません。
彼がいまどこで、何をされているのかも分かりません。
でも彼の作品は、ぼくのパソコンのフォルダーに保存されていて、今でも眺めることがあるのです。
これってすごいことだよなぁと、思うんですね。
彼の作品は、他のどんな名のあるデザイナーよりも、ぼくの心を動かしたのです。
福島さんからしたら、後生大事に20年以上も、自身の作品を保存している人(ぼく)がいるなんて、思いもよらないでしょう。
・・でも人生って案外そういうものなのかも、とも感じます。
つまり、
自分がなにかを表現したとき、その影響力はとても小さいかもしれない。
けれど、どこかの誰か一人くらいにはブッ刺さりまくってるかもしれないのです。
そして、その人の人生を変えているかもしれない。
ぼくの人生を振り返ってみると、
大きなものよりも、むしろ、ささやかなものに人生を動かされてきたなと感じます。
例えばそれは、たまたま誰かが言った一言、たまたま聞いた音楽の歌詞、たまたま本屋で出会った一冊の本・・etc
そうしたものに、前に進むための勇気をもらってきたなと感じるのです。
だから、もしもあなたが何か表現したいことがあるのなら、それを押さえ込まないでください。
「どうせ誰も見ないから」と思わないでください。
「これやって何の意味があるんだろう?」と思わないでください。
「たくさんの人に評価されないと意味がない」と思わないでください。
あなたのチャレンジは、どこかの誰かがみています。
今あなたが、ぼくのチャレンジ(このブログ)を読んでくれているように(笑
そして、あなたや僕のチャレンジは、誰かの人生を変えるインパクトになるかもしれないのです。
もしも誰か一人でも、前に進むためのキッカケになるのならば、自分が存在した意義はあったのではないか。
最近はそのように思うのです。
Yoda

