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ぼくがライトワーカーを目指すまで①

ぼくがライトワーカーを目指すまで①

人生・運命・学び, 占い・スピリチュアル, ライトワーカー, 使命, 自分のこと

こんにちはyodaです。

今日はちょっと自分語りをさせてくださいm(_ _)m
僕がライトワーカーを目指すまでの紆余曲折を書いていきたいとおもいます。

やりたいことが分からない人は多いと思いますが、
10代、20代、あるいは30代くらいでも、全然気にする必要ないと思います。
(使命はすぐには分からないし、分からなくていいんです)

宇宙存在バシャールも言ってますね。
ただ目の前の光るパンくずを拾い集めなさい」って。

ただ目の前の面白そうなことに、熱中していけば、いずれ使命に導かれていきます。

今回は、ぼく自身がどんな道を歩んでライトワーカーを目指すことになったのか、書いていきたいと思います。

進路が見えなくて焦っている方、
自分が何者なのか?分からず悩んでいる方にとって、
すこしでも参考になればと思います。

🔮 やりたいことが分からなかった20代

 
ぼくは自分がやりたいことがすぐに分からない人間でした。

若い頃、もう20年以上前の話ですが、
周りをみると、みんなが一つの道にちゃんと進んでいく中で、ぼくだけフラフラしている時期が長くつづきました

学生時代は、科学や数学が好きでしたが、
情熱はピークを過ぎており、その頃には目的を見失っていました。

🌿卒業後ニートになる

惰性で卒業してから、しばらくニートをしていました。
就活もしませんでした。

ぼくは人とのコミュニケーションが苦手で、バイトの面接に受からなかったのです。
場面緘黙症(ばめんかんもく)や、"どもり"もあり、また挙動不審&自身無さげな感じが、どうしても印象が良くなかったみたいです。

 
・・このままではイカンということで、
あるとき職業訓練校みたいな施設に行きました。

そのときの気持ちはよく覚えています。
あぁ、ついにここまで来てしまったか…」と感じました。

受付で渡された用紙には、名前と年齢を記述する欄があったのですが、
「25歳」って書くのがものすごく恥ずかしかったことを覚えています。
(25歳なんて若いし、無職であることは恥ずべきことじゃないと今は思えるけれど)
  

🌿 幼馴染の高木君に道を示される

 
この先どうしようかな〜なんて時に、
幼馴染の高木君というやつと久しぶりに会って遊んだんですが、彼が自身のホームページを作っていたんですよね。
 

それがめちゃカッコいい&かわいいサイトだったんです。
短いアニメーションを作ったり、ロゴとかフォント(字体)を作ったりしてた。

そこから僕もやってみたくなって、それがデザイナーのキャリアのスタートでした。

ウェブ専門学校に通い始め、そこで初めての友達ができました。
もともと絵を描くのが得意だったし、
パソコンもオタク気質で向いていた。写真加工ソフトを使ったり、イラストを描いたりするのは、本当に楽しかった。

もし高木君がいなかったら、今も何がやりたいか分からずフラフラしていたでしょう。

人生では、自分がなすべきことを示してくれる人が現れるものですね。
まさにシンクロニシティです。

🌿 都内の小さな制作会社で働く

会社では制作専門という感じで、ウェブや紙媒体のデザインやプログラミングを10年以上やったかな…
後半は、デザイナー兼プログラマーという感じで、"なんでも屋" みたいになった。

ガラケーの時代には、イラストを描いて待ち受けも作ったりした。

一日中パソコンに向かって、何かを作っている時代でした。
それは自分の性に合っていたと思う。

しかし会社組織という場所に、どうしても馴染めませんでした。

🌿 コミュ障で会社に馴染めず

ここでもコミュニケーションが苦手というのがネックになりました。

僕があまりにも無口で、会話が苦手だったので、
見かねた上司が「毎日、昼ごはんを社内の誰かを誘って食べてください」と課題をだされた。

昼休みも会話の練習をしなさい、ということでしょう。

 
でも・・昼ごはんくらい一人でのんびり食べたい!

知らない人と話しながらじゃご飯の味も分からない。。 
昼休みなのに心が休めないじゃないか。。と思った。。

会議や打ち合わせに参加させてもらえなかったりもして、(参加したくないけれど💦)
あぁ自分は一人前じゃないんだなぁ、客前には出してもらえないんだなぁ、というコンプレっクスがいつもあったっけな。

だんだん、朝ふとんから起きるのがしんどくなった。
そして、ある昼休憩のときフレッシュネスバーガーへ行ってきますと告げて、二度と会社には戻らなかった。
(この時期には鬱になっていたと思う)

🔮 30代、スピリチュアルに目覚める

 
ぼくは会社をやめて、自営業として制作をやっていました。
ホームページ作ったり、プログラミングしたり、イラスト描いたり、来た仕事をぼちぼちこなしていました。

ある時、ひょんなことから気功に興味をもったんですよね。
タロットカードと占星術にもこの頃に出会いました。

🌿 タロット占いでコミュ障が改善…!?

タロットは友達がもっていて、試しにやってみると「これは楽にやれるな」と感じた。

ぼくは場面緘黙症や"どもり"があるので、コミュニケーションに不自由してきたのですが、
タロット占いをしているときは不思議なことに言葉がスラスラでてくるのでした。

普段のぼくを知っている友達たちは、みんな目を丸くして驚いていたのを覚えています。

人前で話すがの苦手だったのに、後にzoomで占いセッションとかやった時期もあります。

 
しかしコミュ障が治ったのかというと、そういうわけではなくて、
占いをしているときは別人格で、普段はやはりコミュ障なんですよね。面白いものですね。
 

🌿 気功で人生の流れが大きく変わり始める

人生の悩みを根本的に解決するためには、
医学や心理学では無理だと、直感的にわかっていました。

  
気功に出会ってから、いつもの3倍くらいの価格の仕事が入ったり、不思議なことが起こり始めました。
この頃から人生が一気に、スピリチュアル方面へ流れ始めました。
 
気功師養成学校へいくことに。

この体験はほんとに驚きに満ちていました。

はじめて遠隔治療を知ったときは、「この世界はこれまで僕が思っていたのと全く違うぞ!」と、ものすごく衝撃でした。 

"氣"が見えるようになったのもこの頃です。

気功の実技の授業のとき、ぼくの前に座っている男性から、ずっと陽炎(かげろう)みたいなものが見えました。

夏の暑い日に、アルファルトとかがモワモワと揺らいで見えることがありますよね。
ああいう感じでした。 後にその男性はかなり氣が強い人だということが分かりました。
   
それから気功だけでなく、いろんなエネルギーワークに手を染め始めます…

 
・・・このコラム長くなりそうですね・・
そして自分のこと書くってすっごい怖いですね汗

40代以降は、さらに大きな変革が起きています。
どうなってしまうことやら…

続きはまた書きますね。
読んでくれてありがとう^^

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